2019,1,6 締め切りが世界を進めている

「締め切りが世界を進めている」

水曜日定期更新とか言うてるけど、水曜日のいつ更新するかは明言してなかったので、水曜日の朝に更新したり、夜に更新したり、結局不定期の更新となってしまっている。

結局、今日も「やらなきゃ、やらなきゃ」と思いつつも、仕事があったりだので、水曜日が終わる30分前からパソコンをカタカタをし始めている。もはや更新は水曜日というのも憚られるぐらい、木曜日に近い水曜日でである。僕の大好きなほぼ日は毎日朝11時(休日、祝日は9時)に更新されるのだけれど、いかにそれが偉大なことかそして十年以上それを続けている糸井重里には敬服しかない。だからと言いて、今の僕は「毎週水曜日9時に更新することにします」と言い出すほどの勇気を持ち合わせていない。

なので、これからもしばらくは限りなく木曜に近い水曜日に更新されることになるだろうと思うが、誰にも文句は言わせまい。自分が守れそうにない約束を課して、しなくなった習慣がこれで読んでるあなたにだってあるのを僕は知っている。できるだけ長く続けるためにも、ゆるやかな締め切りを自分に設けたい。

締め切りといえば、わたしが勤める花まる学習会という会社では(この会社には夢社員という制度があり、夢を優先した働き方が実現できる。この夢社員や花まる学習会についてはいずれ書くのでここでは割愛)出社をした日は日報を書かなければならない。人間不思議なもので、やらなければいけない状況になればやるもので、怠惰な僕も、出社すれば必ずその日の業務について言葉を綴っている。日報の締め切りは次の日の朝9時まである。最初の方は夜のうちにせっせと書き上げていたのだけれど、疲れた日があると、「明日の朝早めに起きればいけるっしょ」となって、最近では出社前の8時過ぎに乗る電車の中で、猛烈にアドレナリンを出しながら書くのが日課になってしまった。締め切り直前の脳の回転数は、なぜあれほどまでに加速するのだろうか。あの状態で24時間考え続けることができたら、きっと僕は天才科学者にでもなって世界征服をしていたのにと思う。

中高のテストの時も一週間前になって部活がなくなっても家に帰ってはダラダラして、前日になると「やらなきゃ」の気持ちが高まって徹夜を繰り返していた。テストが終わるたびに「次は絶対に計画的に勉強しよう」と決心するのだけれど、その決心も次のテストを迎える頃にはいずこやら。決心は脆い存在だ。夏が来たら「早く冬が来て欲しい」と思って、冬がくると「なんであんなこと思ったんだろう。早く夏よ来い!」と思う、あの感情になんだか似ている気がする。

締め切りというのは、怠惰である人間という存在を駆り立てるよう発明された歴史の産物である。締め切りがなければ我々は今でも、未開社会でマンモスを追いかけていたのかもしれない。それはそれで素晴らしい世界だなぁ、と妄想するのは、まさにこの瞬間も締め切りに追い詰められていることからの逃避なのだろうな。

今週も読んでくれてサンキューベリーマッチ。