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滝 梓
Azusa Taki

伯楽 -hakuraku- カメラマン

◾️伯楽 -hakuraku- までの経緯
あれは3年前の深夜の奥多摩だったっけか。ある映画で撮り残した最後のカットを撮るために、私はニッタナオトとハンバーグ定食を食べていた。「8月の頭に映画撮ろうと思うんやけど、カメラマンおらんくて、タキさん行けへん?」(みたいな内容だった)うっかりオーケーした末、気づいたら私はうっかり岩手へ向かう高速に乗っていて、気づいたらそれは“伯楽”になった。これはあのマジカルミステリーツアーなのかもしれないな。まだペニーレインは聞こえてこない。

身長:168cm
ことば:日本語、英語、スウェーデン語、フランス語
特技:ものごとを原始的にとらえること
趣味:ものごとをシンプルに考えること

◾️今の自分に至るまでの簡単な軌跡
大学を卒業してしばらく、わたしは翻訳の仕事をしていました。翻訳は、ある言語で言われている(書かれている)事を意味を損なうことなく今度は別の言語で言う(書く)手助けをする作業です。そのまんま、足りなくても足しすぎてもいけません。とてもやりがいのある作業ですが、当時は、言語と言語の間をただ行ったり来たりしている感覚でした。
20代半ばのある日、わたしは作品を観ました。それはGuy Sherwinというイギリスの作家の“Railings”という16ミリフイルムで撮られた作品でした。スクリーンに映し出されていたのは柵(さく)、それにフイルムの音が重ねられただけの7分間の白黒映像に、わたしは映画を感じました。
ひとコマひとコマ丁寧に繋ぎ合わされたこの柵は、フレームを超えてどこまでもいけるだろう。
小さいころだいすきだった図工の時間みたいだと思いました。
あの日椅子に座ってスクリーンを観ていたのは、大きなベニヤ板を近所の木材店でもらってきて、彫刻刀でせっせと大きな羊の毛並みを削っては削りしてよろこんでいた子どものわたしでした。
ある作家は、“シネマはフレームとフレームの間にある。シネマは光であり、動きであり、太陽であり、光であり、心拍であり、呼吸であり、光である”と言いました。
もし、脚本を書いて、芝居をして、撮影をして、編集をしてその結果出来上がるのが映画だったら、優れた構図で美しい映像を撮影するのが映画だったら、私は映画になんの興味も持っていなかったと思います。
カメラは見たままを映せる機械です。それはまるで翻訳の作業のようです。
自分が見たものがフレームとなり、それが動いていくことはなんて楽しいんだろうと思います。コマとコマの間を行ったり来たりできることはなんて自由なんだろうと思います。
ああ、映画が作りたい。

【略歴】
2013年 東京外国語大学仏語学科修了
-2017年 翻訳の仕事
2018年 『ある夏のできごと』(監督: 岡部健太, 製作: 伯楽-hakuraku-)撮影/編集
2018年 『希望のゆくえ』(監督: 貝田祐介, 2019年ムビハイ19上映)撮影助手
2018年 『されど青春の端くれ』(監督: 森田和樹, ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019グランプリ)一部撮影
2019年 『ゆくさき』(監督: 山田日貴)撮影/グレーディング
2019年 『ワクラバ』(監督: 難波弘二, 製作: 伯楽-hakuraku-, 2019年映画美学校映画祭上映, 2020年TAMA NEW WAVE-ある視点部門-上映)撮影/グレーディング
2019年 『クレマチスの窓辺』(監督: 永岡俊幸, 2020年完成)撮影助手
2020年 『あっちこっち、そっちどっち』(監督: 芝滝幸, 17分短編)撮影/編集/声の出演/企画