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フジタ キョーヘイ
Kyohei Fujita

伯楽 -hakuraku- ラッパー

◾️伯楽 -hakuraku- までの経緯
大学2年のとある冬の日、何の映画だったかは忘れたがそれを観た後に「映画に出たい」「有名になりたい」という思いが芽生える。その次の日、大学の講義にて「日本における演劇教育の可能性」というテーマで卒論発表をしている、一際小顔で輝くオーラを放つ先輩に出会う。静岡の田舎の綺麗でも汚くもない平凡な教室の壇上が、彼が立っていた時だけ武道館のステージに見えた。彼は俳優を名乗っていた。なんだかよくわからんけどなんだか面白そうだ。人生で初めて「俳優」という生き物に出会った。自分の中の直感が手足となり動き出し、気づけばその得体の知れない「俳優」に声をかけていた。 「俺、昨日映画に出たいって思ったんすよ」今思えば、あんなに軽くて薄っぺらくて真っ直ぐな言葉があるのだろうか。「俳優」は僕にこう言った。
「ええやん、今から飲みに行こう」
そこから半年以上が経ったとき、僕は再び東京で彼と再会した。そこで「夏に東北で映画を撮るから、来てみる?」と誘われた。ディズニーランドやUSJに誘われた気分じゃなかった。「宇宙に来てみる?」と言われた感覚だった。宇宙の星(スター)に惹かれた大学3年の夏、僕は夜行バスに揺られ東京に向かった。

身長:185cm

体重:60kg

特技:暗算とイケボ
趣味:小説執筆中

◾️今の自分に至るまでの簡単な軌跡
○幼稚園時代
キテレツ大百科が大好きで、工作が好きだった。いつも何かを作っていたらしい。何かを生み出しながらも上級生の作った作品をブチ壊すという凶行にも出ていたようだ。創造と破壊を同時進行していたアーティスチックな時代。

○小学生時代
小学校に入学して3日で学校中のガラスをバットで割って回る。理由は不明。決して尾崎豊をリスペクトしていたわけではない。小3の時に転向した先の担任が小木曽先生(通称おぎっちゃん)という鬼のように怖い先生だった。僕はその先生に怒られっぱなし泣かされっぱなしだった。ある時、先生がくれたちびまるこちゃんのことわざ学習漫画に夢中になり、そこから自由勉強を毎日するようになる。気づけば勉強ができるようになり、中学受験の入塾テストを受けて全教科満点で入学。悪童から神童に、親戚含め周りの大人からの扱いが変わる。

○中高時代
愛知県トップの中高一貫校に通う。校則が緩かったため、やりたい放題。御曹司は、毎日20万をポケットに入れてそれを女にばら撒いていたり、ヤクザの息子はナイフで先生をゆすり、学校外でも悪戯で電車の緊急停止ボタンを押したり、電車内でブルーシートを引いてピクニックをしてゴミを全部放置して降りたり、とにかく無法地帯。次第に自分もそんな環境に慣れ、「勘違いの自由」を知る。

○大学時代
大学途中で「俳優」と出会う。(以下、伯楽までの軌跡を参照)
「本物の自由」を知る。,/p>

○現在
自分が結局何者でどういう肩書きなのかはわからないまま、「有名になりたい」「発信したい」という2つの思いを持っている。
YouTubeに5分スマホ撮影の短編映画を投稿したり、大学院でヒップホップ研究をするうちに、ラップのもつ「素直さ」に魅力を感じ、ラッパーとして作詞作曲を開始したり。