テクノロジーは「手」というアナログを逸脱できない

 

さてさて。滞りがちな伯楽 -hakuraku- のホームページを更新する時間がやって来ましたよ。最近は文章を書きまくっていて、一日最低でも三千字くらいは書いてるんすよ。主に小説を書いてるんですけど、なんか思いついた時にはnoteでも発信してるからホームページの更新後回しにしがちです。はい、言い訳です。更新します。

文章を書くプラットフォームを複数持つことってめんどくさいので一元化したいな、とか思うんだけれども、じゃあその一元化するのがめんどくさい、となっております。どなたか良いアイディアあったら教えてくれ。今日から絶賛”Niccheland”という名前のテーマパークをイメージしたホームページを書き始めました。小学生の時に情報の授業で書いたhtmlで書いてる。阿部寛のホームページの時代錯誤感がめちゃくちゃ好きなのと、全部自分で作りたいという欲求を掛け合わせてるので、楽しい。

最近ずっと考えているのが未来のことなんですね。人はこれから「アナログに帰るのではないか」と思ったりしています。テクノロジーの発達やIoTされていく趨勢は止まらないし、それが悪いことだとは思っていないんですけど、多分人はアナログに帰ると思います。ってかもう戻り始めてる人が出て来てるように感じます。地方創生とはちょっと違った文脈で地方に移住する人が増えてるのはシステムに疲れた人々、競争社会というか資本主義的な何かに疲れた人が出て来ているっていうのが、僕の周りや僕より少し上の世代に結構います。近場で言えば、ルチャリブロの青木新兵さんとか。

で、未来では人がアナログに戻っていくっていう話なんですけど、テクノロジーを使わない!とかそういう激しいものではなくて、身体性というものの価値や体験の価値がもっと評価されていくよ、っていうイメージです。例えば、スマートフォンは「画面」という物質があります。30年経ってもこの物質は多分使ってるやろな、と思うんですね。パソコンでも画面とキーボードがありますよね。この関係性も30年くらいは、なんならどれだけテクノロジーが発達しても変わらない気がするんですよ。で、その理由が「指を使って操作することが便利」だからやと思うんですね。中身のソフトフェアはもう全く想像もできないくらい変わると思うんですけど、人間が操作する限り、そこにはなんらかの身体での運用が想定される。稲刈りに使う鎌も文章の為に使うパソコンも両方とも「指」での運用です。もしくは「手」。この手で操作する、ということはどれだけテクノロジーが発達しても逃れることができない、というのが僕の仮説です。

なんでこんなことをダラダラ書いているかというと、コロナという状況とテクノロジーの発達によってライブ配信とか、オンラインなんとかが普及し始めましたよね。僕が所属するアナログスイッチという劇団の公演も先日ライブ配信をしました。劇場に来なくても観れるというのは間違いなく価値です。でも、

それでええんか?

というシンプルな疑問が僕の頭から離れません。来週多摩市で上映される「ワクラバ」はオンラインでの配信は行いません。制作メンバーで話し合って決めました。それは僕たちが「映画館で観る」という価値に固執しているからです。

オンデマンド配信によってより気軽に簡単に映画を観ることができるようになりました。それは映画業界全体を大きくするという意味において素晴らしいことだと思いますし、僕のような映画館が身近に無いような田舎の環境に住む人にとっては価値があります。しかし、それと同時に映画館で映画を観るという経験の価値から遠ざけるものであることは指摘しなければなりません。(そんなのもう色んな人が言ってると思うんですけど)

電話が登場しても「手紙」という文化が消滅しなかったように、オンデマンド配信がこれからどれだけ広まっても「映画館に行く」ことの価値は減らない、いやむしろ高まって行くと思います。というか、映画を作っている僕はそうなるようにしていきます。「手紙を書く」という行為は百年前とは全く違った価値を今持っているように。

オンデマンド配信とは、場所と時間の制約が無いことです。どこでどうやって観るか、という制約を取り払いました。配信側は画面の大きさや、音量や、他の作業をせずに観ることをデザインできないということです。映画館では会話禁止、携帯使用禁止だし、画面は大きく、音量も最高に大きいです。その制約があるからこそ成立するのが「映画」だと僕は思っています。繰り返しますが、オンデマンド配信の価値は全く否定していません。むしろ素晴らしいと思っています。でも映画館で観る必要がなくなった訳では無いよ、というそういう話です。

と、ここまで書いていて「そういや『鬼滅の刃』歴代興行収入更新してるやん」「みんな映画館来てるやん」と思ったんですけど、でも人の数は減ってるんですよね〜。年々チケット代が上がってるから、来る人の数は減ってても、映画館全体の興行収入って上がってるんですよね。シネコンメインですけど。だからミニシアターはほんまに危機的な状況なんですよ、みたいな話は別の機械にしましょう。

テクノロジーの発達によって色々な制約が取り払われました。つまり便利になりました。これからもどんどん便利になって行くことでしょう。でも、その発達の仕方は「アナログ」性(手の仕様など)を必ず孕んでいくことになり、尚且、よりアナログな体験(オンデマンド視聴ではなく、映画館での視聴)の価値は高まって行くことになるでしょう。

つまり何が言いたいかというと、
「僕たちの映画を観に来てください。」
ということです。

体験です。鑑賞とかちゃいますからね、「体験」ですから。だからオンデマンド配信しないって決めましたからね。今週末に多摩市で上映します。僕もなんば青年も登壇します。結構おもろいと思います。どこが面白いかは明日語ります。

ここから予約できます。では、明日更新しますんで、そん時に会いましょう。