伯楽 -hakuraku- とは

伯楽 -hakuraku- は広場です。

どういう広場かというと現代の伯楽(この言葉についてはこのあと説明します。)、仁田直人に巻き込まれた人々が集まる広場です。

最初は映画を撮ることから始まりました。今までに二本の映画を岩手県の住田町という街で撮りました。その作品の情報を発信する場所としてこのホームページも作ったのですが、なんかもっと色々やりたいな、と思い、今回リニューアルします。(51日リニューアル予定)

これからは映画以外にも「企画書(今週のシャララ)」「文章(広場のノオト)」「音楽」「教育」などのコンテンツを随時、発表してしていきます。(ホームページのリニューアルが5120:00を予定しています。)

で、「伯楽」という単語についてなのですが、伯楽は、馬の才能を見抜く人のことで、雑説という書物に出てくる言葉です。いわゆる、漢語と呼ばれるものです。「矛盾」という言葉の成り立ちはみなさんもご存知だと思うのですが、ここで「伯楽」も覚えてくれたら幸いです。

伯楽の冒頭は

 

世有伯樂、然後有千里馬。

(世に伯楽有り、然る後に千里の馬有り。)

 

で始まります。千里の馬とは、千里を駆けることができる馬、つまり才能がある馬のことです.

そしてこの文章の後、

 

千里馬常有、而伯樂不常有。

(千里の馬は常に有れども、伯楽は常に有らず。)

故雖有名馬、祇辱於奴隸人之手、駢死於槽櫪之間、不以千里稱也。

(故に名馬有りと雖も、祇奴隷人の手に辱められ、槽櫪の間に駢死して、千里を以って称せられざるなり。)

 

と続きます。簡単に意訳すると 千里の馬はいつの時代にもいるが、伯楽はいつの時代にもいない。ということは名馬であっても奴隷の手にあればその才能が発揮されることなく、誰にも知られずに死んでしまう、となります。

僕はこの話を中学の時に知って以来、「伯楽でありたい」と思ってきました。

そういうことです。つまり、僕が「こいつら千里の馬(天才)じゃね?」と思った人たちを集めて映画を撮っていたら、もっと他にもいろんなことがしたくなってしまったっていう。映画はもちろんのこと、名馬たちの才能を使って色々な面白いことをするためにどうしたらいいだろう、と頭を悩ませた結果、このホームページを「広場」と定義し、この場所で僕が思いついた企画、実行した企画の報告、僕たちが撮った作品の紹介、広場のみんなのことや、みんなの作品を紹介することにしました。

そしてもう一つ、広場の住人や、ゆくゆくは読者のみなさんが書き込める「広場のノオト」を用意しました。というのも、僕は毎日、いろんな文章を書いては友人に送り、企画を思いついては友人に送り、としていると、みんなも何か書きたくなって「これ次のシャララに掲載してよ」ということがポツポツと起こり始めました。それを「ノオト」にまとめて読めるようにして、それを読んだ人も何か思いつく、それを書き込めるようになったら素敵だな、と思って「広場のノオト」を思いつきました。

なので、このホームページ上では

・今週のシャララ(仁田直人が思いついた企画)を毎週火曜日に更新する。

・活動報告と作った作品の紹介

・広場の住人と彼らの作品の紹介(俳優、監督、脚本家、カメラマン、ミュージシャン、ラッパーなど多岐にわたる人がいます)

・広場のノオト(広場の住人の文章)を主なコンテンツとして発表していきます。

 

小学校の時、グラウンドで「鬼ごっこしたい人この指止まれ~」ってやったやないですか。やってなくてもおったやないですか、そういうやつ。僕はその「この指止まれ~」を未だにし続けてる人間なんです。その「この指止まれ~」を響かせる場所がグラウンドからこの場所になりました、っていうそれだけの話をタラタラと書いたのでした。

これからも伯楽 -hakuraku-をよろしくお願いします。 楽しんで帰ってね。