今週のシャララ

人のどんな仕草にぐっときますか?

僕は
・髪を耳にかける
という仕草にグッときます。

「分かる」という人がいたら、どういうシチュエーションの「髪をかきあげる」にグッとくるのかを少し考えて欲しいのです。これの共感率が思ってた以上に低かったのですが、、

 

僕は授業や自習室、図書館で勉強している人がシャーペンを片手に髪をかけている姿です。
もう一つ。
駄菓子屋に来た子どもが彼らの膝や太ももくらいの高さに並べられた商品を見ているときに垂れた髪をかきあげている姿です。CMに出てるきれいな女優さんがカメラ目線で髪をかきあげているところ、ではないんですよ。

他にも僕がグッとくる仕草と聞かれて思いつくのが
・あくび
・くしゃみ
・寝顔(仕草ではないけれど)
なんですね。

笑い方と言っている友人がいて、「笑っているところ」ではなく、笑い「方」っと言っているところに面白さを感じます。話を聞くと、「笑い方」にその人の人間性が垣間見える気がする、と言っていました。

僕があげた仕草もそれらを通して人間性 ーもしくは「素」と言い換えることもできるでしょうー が垣間見えるからなのでしょう。これらの仕草に共通しているのが
「誰かに見られることを全く意識していない(もしくはできない)」
ということです。

他者を意識していない行動、仕草、表情がその人の人間性を露呈させるのではないかと思います。

僕は俳優として、映画、演劇に関わっていまが、人を惹きつける在り方、演技というのも同じだと思います。人間性が見える瞬間、そしてその人間性は「誰にも見られていないという感覚」に露呈します。

映画の多くは物語を神の視点で捉え画面の中で生きる人々を切り取ります。そしてそれを鑑賞者が目撃する。どういう映像に鑑賞者が惹かれるのか、それは日常生きている上では決して誰にも見られことのない仕草や表情ではないか、と感じます。外から帰ってきて自分の部屋にカバンを置き、ベッドに座りホッとする瞬間、デート前に待ち合わせの近くのトイレで最期の化粧直しをしたあとの「よしっ」という表情、もしかしたらトイレで用をたすときの表情かもしれません。

そういうプライベートの純度が高い「みられている」ということを全く意識されていない自然体な仕草に人は惹かれるのではないでしょうか。

もう一つ見られていることを意識していない瞬間があります、集中している状態です。仕事でパソコンをカタカタしている様子、読書している様子、勉強している様子、好きなことを語っている姿、バッターがスイングする瞬間、などでしょうか。集中している状態では目の前の状況にのみ意識が向いています。バッターボックスに立つバッターは「いかにかっこいいスイングをするか」ではなく「いかに球を打つか」にしか集中していません。目の前のことに集中している状態は人を惹きつけます。でも、バッターがスイングする瞬間が魅力的なのは、その人のり人間性(素)」が垣間見えるからだ、というと少し疑問が残ります。「人間性(素)」とはなんなのでしょう。それは、その人が「人生の経験(時間)の中で身につけたもの」なのだと思います。バッターはバッターボックスに立つまで数え切れないほどの素振りをしています。その練習中に如何にボールを捉え、如何に早く、正確にバットを振るか、ということを考えながら身体に落とし込んでいく。その無意識下まで身体化された動きが極限に集中した状態のスイングに表象される。これが集中した状態の仕草が人を惹きつける理由だと僕は思います。

勉強してるときに髪をかけあげる、という仕草は集中している状態かつ、素の仕草。
そりゃグッとくるわけだ、と一人で納得しました。

今週も来てくれてありがとうございます。
今までは文体を変えて、ですます綴りをしてみたのだけれど、これだと語り「かける」ニュアンスが強くなりすぎてもぞもぞしながら書いていました。